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バイパス沿いのお菓子のおうち
カテゴリ:気づき 更新日:2015.12.20
まるでグリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』みたいだなーとその店を見て思った。ロードサイド型の量販店や飲食店が立ち並ぶ、飯塚庄内田川バイパス。いささか殺風景なその道沿いにこつ然と、壁面いっぱいにドーナッツの描かれた店が最近できた。ぼくは田川に来て、何度かこの道を八木山バイパスまで車で抜けたけれど、まだ準備中なのだと思っていた。誘導の看板もないからだ。
田川伊田には朝食を取れる店がない。だからせいぜい朝だけは作るか、昼まで我慢していたのだが、ある朝、メシを作る気もせず、我慢もできず、ネット検索すると、後藤寺(といっても駅から1kmの距離の奈良)にあったうどん屋がヒットした。が、そこも今年になって移転とある。電話をかけるとバイパス沿いだという(住所でいうと大字弓削田)。朝というより昼に近づいたが、車を飛ばした。
この「谺うどん」もすこぶる旨い。田川でそううどんを食べたわけではないが、たぶんNo.1だろう。沿道のトラック運転手御用達で、見たこともないような巨大トレーラーがドカンと止めてあったのは圧巻だった。
店主の満井英幸さんは「今はバイパスに出ないことには始まらない。シャッター商店街を嘆いているだけでは干上がってしまう」と語る。店は席数にしてカウンターが20席近く、4人掛けテーブルも2卓あって、夫婦二人で昼のピークを捌くのは並大抵の苦労ではなかろう。が、賭けに出て「今のところ正解」と微笑む。おいしさの秘訣はただでさえ滋味深い出汁を、うどんを丼に盛った後、客の目の前で熱々の状態で注ぐ満井さん独自の所作にもあるのではないか。
で、満井さんの店から数十メートル先にできたのが、そのドーナッツ屋。「あんなところで商売になるんかねぇ」と言うので、寄ってみたのだが、来るわ来るわ、ひっきりなしの客になかなか話も取れないほどだった。
こうした数珠つなぎは嬉しい。うどんの後に欲しいのは本当は和菓子だが、とりあえず店内の様子を伺う。甘い香りが漂うがドーナッツ特有の油の匂いは皆無。なぜならこの店は最近流行の焼きドーナッツを提供する店だから。
「といのドーナッツ」といって、移転前はまだ市の中心部に近い夏吉で営業していた。が、やはりバイパスに出る決意をしたようだ。
これからフラワーアレンジメントの教室があるので、「先生へのプレゼントとお茶請け」を兼ねて買いに来たという40代の女性にお薦めを尋ねると、「プレーンもおいしいし、米粉と豆腐も食感が面白いし…」と、とにかく種類豊富なので迷い出した。「まぁ、好きなのを選んだらいいわよ」。
ぼくはほぼ辛党一本槍で、酒と名のつくものは大体受け付けるが、逆に甘いものとコーヒーについては食べ&飲みつけないので、かなりシビアだ。厳選して口にしたいのである。だからリコメンを求めたのに…。
スーツ姿の若い男性客もやって来る。これから回る得意先に持参するのだとか。来店は初めてだが、よく前を通ると、土日ともなればひっきりなしに車が列を成す繁盛店だといい、「気になっていたから寄ってみた」のだとか。
今は北九州に住み、実家が直方という若い女性も同様。周囲でも好評なので買いに来たという。
後で感想をメールして欲しいと名刺を渡すと、忘れた頃に長文で送ってきた。一部を引用させてもらうと…
「プレーン味を食べましたが、口当たりよく、食べ応えある焼きドーナツという印象。大人でこの満足感なので、子供だとお腹いっぱいになってしまうのではないかと思います。また、たくさん種類があるので、いろいろ買って、どれにしようか〜?と家族で悩むのもまた醍醐味なのかもしれません。お店の外観や内装も、女性には堪らない雰囲気なのではないかと思います(私にはツボでした-笑-)。今後、田川の手土産は?と聞かれたら、ぜひオススメしたいお店の一つとなりました」
店頭に立つオーナー夫人、下山ルミ子さんによれば、といのの「とい」は“toy”の意味。玩具のようにカラフルで楽しいーをイメージしたとか。油で揚げていないからヘルシーというのはわかるが、これほど見るからにおいしそうな焼きドーナッツは初めてだ。まったくケーキのような色艶をし、素材にも工夫を凝らしている。なんでも生地にはすべてシルクの繊維が混ぜてあり、それが滑らかな食感を生むのだそうだ。
ぼくもいくつか買って、うち一つにすぐさま齧りついた。ベースの生地にレモンフレーバーを加え、コーティングシュガーにもレモンを使っている。柑橘香がダブルパンチで襲ってくる。ざっくり割っても、黄色が目に鮮やかだ。米粉を使ったラインナップも、もっちりした歯ごたえは他にないものだった。これは新しい。
先のマダムのように夏吉時代からしっかりファンもついているが、通りがかりの集客はやはりバイパス効果といえようか。が、それも作られた巨大モール内ではなく、正直、田んぼの中の一軒家のごとくポツンと建つ。
ヘンゼルとグレーテルは森の中に捨てられ、さ迷ううちにお菓子の家に出合うが、今の時代、ロードサイドが森のようなものか。だが、ご安心を。このお菓子の家にはあなたを食べる魔女はいません。ただ、いくらヘルシーでも食べ過ぎれば太る、極上のドーナッツが待っているだけ。
ああ、うっかり。お土産にゲットするのを忘れちゃった! でも、大丈夫。ちゃんと通販もしています。