Iターン
- Profile
- 田中臣仁朗さん(41歳)、浩子さん(42歳)
- Data
- 大阪で生まれ育った臣仁朗さんは、日本各地を転勤しながらスポーツ用品店に勤務。久留米市出身の浩子さんは、東京で12年ほどカメラマンとして活動。そんなおふたりの出会いは、八女市の地域おこし協力隊。2014年に隊員となり、2016年に結婚した。隊員の任期満了後、臣仁朗さんは、2017年にフリースペース「KUMANOSU(クマノス)」をオープン。浩子さんは、カメラマンとして活躍中。
- Work
- 臣仁朗さん:フリースペース・カフェ経営
浩子さん:カメラマン
Q. 移住のきっかけを教えてください。
臣仁朗さん:もともとスポーツ用品店で働いていて、日本各地を転勤していました。仕事は好きでしたが、家庭を持つ上司や同僚は、転勤があるごとに家族で解決しないといけない問題が多いようで…。一体何のために働くのだろうと思い始めていた頃に、定年退職を迎えた父親が、大阪から地元の八女に帰ることになりました。父親いわく、「一緒に帰ってほしいが強制はしない」と。長男なので、いずれ本家の墓の面倒などをみることになるかもしれません。しかし定年退職後だと、友達や知り合いのいない環境で、楽しい生活を送るイメージができませんでした。だったら早いほうがいいと思い、会社を辞めて移住することを決意しました。
浩子さん:私は東京でカメラマンをしていましたが、同業者がたくさんいるなかで、自分らしさを表現していく必要があると感じていました。仕事の合間を縫って作品づくりをしていましたが、被写体や生活リズムのことを考えると、環境を変えてもいいのかなと。それで移住を考えていたところに、たまたまインターネットで八女の地域おこし協力隊のことを見つけました。情報発信に関わる仕事だったので、今までの経験を活かせるかもしれないと思い応募しました。沖縄でも募集があって惹かれましたが、地元の久留米も近く、馴染みのある八女の方を選びました。
Q. どのようにして地域に溶け込みましたか?
臣仁朗さん:最初に地区長のところへ挨拶に行きました。市役所を通じて、地域を取り仕切っている方を紹介してもらえると、そこから関係が広がっていくんです。誰かが引っ越してくると、住民の方は「どんな人?」と地区長に尋ねるのですが、そこで「どこから来た人でどんな仕事をしている。今度挨拶に行くと思うからよろしくね」と答えてもらえるのと、「自分も知らない」と言われてしまうのとでは、大きな違いですからね。近所の方々にもお菓子を持って挨拶に行って、安心してもらえるように、どんな仕事をしているかなど、自分のことを詳しく話しました。
浩子さん:自分から積極的に行動したことがよかったと思います。地域の方が集まって、草刈りやゴミ拾いをする活動があるのですが、それをきっかけに知り合いが増えました。東京にはない活動で、朝も早いので最初は少し抵抗がありましたが、慣れるとそうした地域の活動も当たり前になってきました。環境の変化を楽しみ、新たな環境に適応しようという姿勢が重要ではないでしょうか。
臣仁朗さん:何事もポジティブに捉えたほうが、田舎では絶対に暮らしやすいと思います。例えば、3日ほど外出して部屋の電気がついていないと、近所の方から「あんた、ずっとおらんかったね」と声をかけてもらうことがあります。そこで「面倒だな」なんて思うのではなく、「見守ってもらっている」とポジティブに捉えて、「仕事で出張していたんです。今度家を空けるときは先に言いますね」と伝えます。そうすれば、「わかった。何も起こらんように見とくばい」と言ってもらえて、関係性を深めることができるんですよね。
Q. 現在のお仕事について教えてください。
臣仁朗さん:最初は就農を考えていました。しかし、ずっとカフェをやりたいという気持ちがあり、2017年にカフェとフリースペースを設けた「KUMANOSU」をオープンさせました。妻が大工さんと知り合いだったので、改修の費用をかなり抑えられました。野菜は父や知り合いが育てたもの、肉は地元の上陽豚と、料理にはできるだけ地元の食材を使っています。農家さんには、キズものの野菜は捨てずに売ってもらうようにしています。そうすることで、地域のなかで、よい循環が生まれたらいいなと思って。
浩子さん:私はカメラマンの仕事をしています。東京だと完全に分業制で、仕事を依頼されたら撮影して写真を納品して終わりでした。しかし田舎では、それだと成り立ちません。チラシやポスターのデザイン、ホームページの制作など、幅広い技術を身につける必要があります。
Q. お仕事をするうえで、助けられたことはありますか?
浩子さん:やっぱり、地域おこし協力隊の存在が大きいですね。デザインができるようになったのも、地域おこし協力隊をしている期間中に起業準備のために時間や予算を充てられるというルールがあったから。プロのデザイナーさんの元でしっかりと教えていただくことができました。その際にいろんな方と知り合いになれて、その繋がりが今のお客さんになっています。デザインのお仕事をしていることは口コミで広がっていくから、幸いなことに、八女に来てまだ営業をしたことがないんですよ。
臣仁朗さん:僕は、地域おこし協力隊就任当初、「道の駅たちばな」のお手伝いをしていました。しかし起業という目標があったので、市役所の方と話し合いをして、任期の半分はお祭りやイベントの企画など、地域活動に重点を置く業務を担当させていただきました。しっかりとした目標があり市役所の方と話し合いをすれば、地域おこし協力隊はとてもよい制度だと思います。考えてみれば、地域おこし協力隊がきっかけで結婚できて、人の繋がりもできて、起業もできました。協力隊なのに協力してもらっていますね(笑)。
Q. 移住してよかったと思うことを教えてください。
浩子さん:食材を安心して食べられるという点です。東京では生産者の顔がわかりませんが、こちらでは道の駅に行くと知り合いが育てたものが多いんです。生産者の顔を思い浮かべながら買い物をしていると、愛着がわくんですよね。
臣仁朗さん:幅広い年齢の方と知り合えたことですね。なかには有名な会社の社長さんもいて、僕みたいな若造でも対等に接してくださるんです。店で作りたいメニューを相談したら、「うちの商品を使っていいよ」と協力してくれることも。人の温かみを、すごく感じることができています。
Q. 移住して生活に変化はありましたか?
臣仁朗さん:通勤の苦労から解放されたのは大きいですね。関東では満員電車で片道2時間の移動でしたが、こちらでは車で5分もかかりません。その分、家族と過ごす時間や睡眠時間、自分の時間が増えました。
浩子さん:じっくりと腰を据えて生活できるようになりました。東京にいた頃は、作品づくりと仕事が完全に分かれていましたが、今はその境界線がなく、毎日楽しく仕事をさせてもらっています。休みたいという感覚もなくなりました。以前は老後をイメージできませんでしたが、今はこのまま歳をとっていきたいなと思っています。
Q. 福岡の魅力を教えてください。
臣仁朗さん:新しいものと、古いもののバランスがとれている点ですね。新しいビジネスがある一方で、昔ながらの仕事も残っているし、お祭りなどの伝統的なものも大切にされています。
浩子さん:福岡市には東京と変わらないくらいの都市機能がそろっていますが、郊外に出れば自然がたくさんあります。同じように八女にもバリエーションがあり、田舎の度合いを選べます。私たちが暮らしている地域と、奥八女といわれる地域とでは全然雰囲気が違うんです。適度な田舎暮らしをしたいのか、豊かな自然に囲まれた本格的な田舎暮らしをしたいのか、自分の理想に合わせることができますよ。
臣仁朗さん:自然豊かな奥八女から街までグラデーションがあって、きっと自分の理想にあった環境が見つかるはず。移住する前に、一度散策してみるのがおすすめですね。
Q. これから、この街でどう暮らしていきたいですか?
臣仁朗さん:自分の店で入場無料のイベントを行い、農家の方に手料理を作ってもらったり、音楽パフォーマーの方に演奏してもらったりしたいですね。仲間が仲間を呼び、新たな繋がりができている状態。今の生活には稼ぐだけじゃない面白さがあるので、あと10年経ったらどうなるんだろうとワクワクしています。80歳を過ぎても現役で、自分たちのやりたいことをしながら暮らしていきたいです。
浩子さん:お茶屋さんや農家さんなど、地元に根付いている方たちともっともっと繋がりたいですね。そして、皆さんと一緒に八女を盛り上げていきたいです。
Q. 移住を考えている方にメッセージをお願いします。
臣仁朗さん:「移住はいいよ!」と軽はずみには言えませんが、家族と過ごす時間が増えたり、都会の喧騒や混雑から解放されたり、プラスの部分は色々あります。ポジティブに考えて、行動してみてください。1年後・3年後・5年後の姿をイメージしながら長期的な計画を立てて、「ここまでやってうまくいかなかったら別の場所に移る」というリミットを設けるのもいいと思いますよ。僕も移住から4年経って、ようやく暮らしが落ち着いてきたところです。
浩子さん:地域の行事に顔を出せば、世代の違う方たちと繋がることができます。地域に溶け込もうというポジティブな姿勢があれば、今までにない経験がたくさんできます。それこそが田舎暮らしの醍醐味。素敵な移住生活を実現させてくださいね!
※当インタビューは、2018年9月5日に行われたものです。
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